2013年2月13日水曜日

今週の一枚 ZEDD「Clarity」

ドイツ出身の23歳。
エレクトリックミュージックのDJ、プロデューサー。
これがファーストアルバムとのこと。

エレクトロニカは完全に門外漢でして。
むしろ昔は、機械リズムなんて、と鼻で笑うほど嫌いだったりしまして。
十数年前にやっていたMIDI打ちこみのわずらわしさにうんざりしたという、
自分勝手極まりない理由のせいですが。

寛容になったと言うべきか、エレクトロニカもええやんと思うようになったのは、
おそらく数年前、「MIRROR'S EDGE」というゲームにふれたあたりかな。

このゲームの音楽をSOLAR FIELDSというエレクトロニカのアーティストが手がけていて、
これがまたゲームの無機質な都市と見事に融合していて、
ドラマの演出という意味でもこれしかない!というほどの相性の良さだったことから、
エレクトロニカに興味を持ち。

しかし娯楽ってやつは、自分から追いかけてもなかなかいいのにめぐり合えなくて、
偶然出会うからこそ「おお!」と衝撃を受け、その作品が特別なものになったりするわけでして。

なかなか耳にすとんと落ちてくれるエレクトロニカとは出会えず、
LATE NIGHT ALUMNIをちょこちょこ聴いて、
あとはリアーナあたりでエレクトロニカ欲求を満たしていたところに、
リードトラックの#3と出会い、
これなんよ、求めてたのは!となったわけです。

いかにいい曲かを伝えようとするのって本当に難しいんやけど、
言葉にするなら#3は、哀愁の漂う適度にポップなダンスナンバー、とかになってしまうんかね。

そういうこっちゃないんよね。

歌やメロディに含まれる魂みたいなのがすっと聴き手のいちばん奥に遠慮なく入ってきて、
聴覚の刺激でしかなかったものが視覚やら触覚やらに(ヒトによっては嗅覚にも)影響を及ぼして、
ただの音楽でもただの映像でもない世界が眼の前とか頭の中とかに広がって、
そいつらがどんどん拡散していって、ドラマが喚起されるこの感じ。

小説を読むことで、文章を読むという行為でしかなかったのが、
いつしか血と肉を持って読み手の体内でひとつの独立した生命のようになる、
あの感覚に近いのかも。

決して、気分を高揚するためだけのダンス音楽ではないドラマ性が、
ふんだんに盛りこまれててね。いいんですよ。

このアルバム、歌ものは六曲、インストは四曲の計十曲と潔い構成になっていて、
歌ものはすべて#3と同様の系統やから、
#3が気に入れば確実に他の歌ものも好きになれるというのがよいね
他の曲もいいんだ、これが。
とくに#6とか#9とかの、
崩壊した世界に昇る朝陽のまばゆい光!みたいなのが、直球に好み。

#4以外の歌ものが女性ヴォーカルというのも好印象。
俺が雄やからというのもあるけど、
エレクトロニカには絹のように柔らかい女性ヴォーカルこそ映えると思う。

個人的には、ヒトの声こそ最も魅力的な楽器と信じているのもあって、
インスト曲を熱心に聞こうってならんところは
エレクトロニカに対する興味の限界なのかな。

ま、それはともかく、たまたま#3PVを観て、
一発でやられて、
他の曲にも見事にやられて、
春ぐらいまで聴き続けていそうなこの作品。

熱心にエレクトロニカを追いかけてしまっていたら、
途中で疲れたり飽きたりして、
この作品には出会っていなかったかもしれなくて、
だからこそ娯楽との出会いは偶然という要素が重要やし、
偶然が必然に変わる瞬間がたまらんのよなぁと改めて実感した次第。

娯楽商材を出す側からすりゃ、偶然に頼ってたらいつまでたっても知ってすらもらえんがな、
という問題に直面するわけやし、
俺みたいな末席も末席の三流物書きにとっては
知ってもらえないというのは死活問題だったりするんやけどね。

たまたま手にとってもらえて、たまたま楽しんでもらえて。
俺の本もそんなふうになれたらなと切実に願う今日この頃。

願うとかなりたいじゃなく、ならにゃいかんのよなあ。