2013年3月8日金曜日

松竹新喜劇を観ての感想。

松竹新喜劇は、子どもの頃に一度だけ観たことがあるような気がする。

ひょっとしたら違うもんやったんかもしれへんけど、

頭の片隅に人情喜劇を観たという記憶がある。

 

どっちにしろ、ほとんど接してこなかったということに代わりはなく。

 

今回「お種と仙太郎」という演目を、若手を中心とした役者さんでおこなうとのことで、

その若手に昔の仲間が含まれていたので久々の観劇、となりまして。

 

でも昔の仲間が出ているからとか、身内の発表会にはせ参じた感覚は、

座席に着いた瞬間に消えてたね。

そこはそれ、京都南座やもん。

開演前の舞台や客席に漂う空気は現実と異質で、

そこには当然のこと、表の四条河原町の雑然とした雰囲気はまったくなくて、

飲まれたというか、ひきこまれたというか、

金を払ってお芝居を観てるんやなあ、という気持ちにいつのまにかなってたな。

 

で、そのお芝居ですが二部構成で、

一部は松竹新喜劇の代表、渋谷天外さんによる松竹新喜劇の歴史についての説明や

喜劇の体験ができるというちょっとした企画もの。

二部が若手を中心としたお芝居、という流れ。

 

感じたのは「お種と仙太郎」という演目の魅力の深さ。

 

話そのものは簡潔。

主題は、他人のふり見て我がふり直せ。

 

嫁いびりをする団子屋お岩のあまりのやりように、

丹波屋おせいがお岩の眼の前で同じように嫁いびりをして、

お岩のやっていることがいかにむちゃくちゃかを悟らせよう、というもの。

 

喜劇としての笑いどころは、

何かと難癖をつけるお岩の奇妙奇天烈な言動やら行動を、

おせいがそっくりそのままやってのけ、場合によっては誇張して、

その動きやら血管が切れそうなわめきちらしっぷりを再現するところ

反復のおもしろみってやつやね。

 

この筋を知っているか否かで楽しさがずいぶん変わります。

 

筋を知っておけば、

中盤のお岩の嫁いびりではどんだけ無茶な球を投げんねやろ、とニヤニヤしたり、

そのむちゃくちゃに投げられた球を丹波屋おせいの役者さんは

どんな躍動感でもって打ち返すんやろと期待することができて、

そのあたりを楽しむのがこの演目の醍醐味なんかなと観ていて感じた次第。

 

それだけでなく、

役者さんによって投げあう球の速度も球種も違うわけやから、

配役が変わるごとに魅力が変わる、

くり返しの観劇に耐えられる、

むしろくり返しの観劇でこそ映える演目なのかな、と。

 

人情喜劇をほとんど観たことがない俺にすら、

お岩役とおせい役の、役者間の火花が散るようなアドリブ合戦によって

とんでもない舞台になるんちゃうかな、であるならこの演目をもっと観てみたいぞ、

と思わせてくれる魅力的な演目やったもの。

 

なるほど固定のお客さんがついて愛され続けるわけやなと納得しきり。

 

南座での公演はこの週末までということなので、

お時間とご興味ある方はぜひ。

 

最後に、ごくごく私的な追記を。

 

松竹新喜劇の表現にはどうやら体系だった理論に基づいた節があるらしく、

声の出し方や言い回し、立ち居振る舞いなど、

底のところで似たお芝居をする役者さんが何名かいらしたけど、

根底の基本ができたうえで自分の動き、自分の空気、自分の節がなければ

ここでは生きていかれへんねやろなあということを、

今回の観劇でなんとなく想像できて。

 

今回の演目でいうなら、

お岩役の方と、おせい役の方が表現において際立っていて、

こういう役者さんを観るためお客さんは足しげく通うんやろなあ、と。

 

俺の昔の仲間はその厳しい世界で修行をしていて、

代表である渋谷天外さんのすぐ近くで学んでいるわけで、

そいつに一言。

 

今後、

自分にしかできんものをめいっぱい発散して、

名前を売るだけ売って、

本公演でいい役をもらえたら、

また観に行った挙句、

迷惑極まりない勢いで楽屋に押しかけるから、そのつもりで。