2013年4月29日月曜日

今月の一冊 里見蘭「ミリオンセラーガール」

この小説、初っぱなから反則なんですけど。
 
冒頭は主人公の沙智がふられる場面なのですが、
怒り狂った沙智が手にした武器は、まさかのハモン・イベリコ。

店に吊ってある豚の腿、というか脚一本を彼氏に向かって振り回すんやもん。
そんなん持っていかれるに決まってますがな。
どんな話かなと手に取り、立ち読みして、にやにやしてしまいましたがな。
にやにやをごまかすためにさっさと買って立ち去らざるをえなくなりましたがな。
 
とまあ、ぶっ飛んだところから始まるこの物語。
端的に言うと、出版社の販売促進部、ようするに書店営業やね、
この部門に不本意ながら配属された沙智が、
何も知らないところから仕事を覚え、本気になっていくというもの。
 
何と言うても特筆すべきは出版業界の諸問題にがっつり切りこんでいるところ。
それおかしいやんって本気で問題提起しています。
物書きとして命がけで踏みこんでます。
 
中盤、沙智が書店研修をする箇所で、
書店側から見た出版社および取次への不満を
徹底して感情的な台詞で表現しているのですが、
中でもP127の一文。
ちょいと引用を。
 
「おそらくは出版業界だけの特殊な慣習であるパターン配本と調整が、
どれだけ志ある書店員のやる気をくじいていることか!」
 
登場人物の口を借りているとはいえ
「やる気をくじく」とまで言い放ってしまっているのが、ものすごく鮮烈!
 
しかし一方ではP167、
〜取次の推奨商品のラインナップそのままで
書店員が手を入れたあとがほとんど感じられない棚を見て、
臨店のリストからチェックをはずすということもあった。〜
という小売り側の問題点も盛りこまれてます。
 
双方ともかなり踏みこんだ表現やから、
ひょっとしたら取次や書店からの反感を買いかねないし、
出版社にとっても扱いづらくなりかねない。
物書きにとってそれは致命的ですらある。
 
でもこれを書かないと書店営業の物語なんて成りたたへんものね。
避けてしまえば、
安全やけれど物語の説得力も重みも、その意味すらもなくなってしまう。
で、著者は諸問題を主眼におき、徹底的にえぐってしまったわけで。
 
この覚悟がたまらないんですよ。
 
禁忌へ挑む姿勢。挑んででも書きたいという情熱。
それらによって魂が文章の隅々にまで封じこめられて。
俺はそういうものに弱いんです。
 
しかもこの小説がたまらなく魅力的なのは、
諸問題を提示して「これどう思います? 許せますか?」と声高に叫ぶのではなく、
問題が山積する現実世界において
懸命に自分の仕事を果たそうとするヒトたちに焦点をあてているところ。
 
そう、この小説は正統な人間ドラマです。
問題をぼやかすことなく、場合によっては直接的に問題をつきつけているけれど、
根っこの部分では
読書の楽しさを追求した娯楽小説です。
 
どうしても俺なんぞはややっこしく考えまうし、
書店ではないけれどいくつかの小売業に身を置いていたから
いろいろと思うところもあるんやけど、
特に書店員さんや小説が好きな方、
本屋めぐりだったり売り場を散策するのが途方もなく好きな方。
難しいことは考えず、気構えもせず、とりあえずご一読を。
楽しめますぜ。
 
個人的に印象深いのは、
ハモン・イベリコを振り回す沙智の後ろにいつのまにかいて、
そっと豚脚を取り戻す髭のシェフ。
 
一本がでかいし、熟成に時間がかかる代物やから
気が気やなかったんやろうけど、
あわてることなく、お嬢さん落ち着いて、と言わんばかりにイベリコ豚を回収する紳士っぷり。
わずか三ページ弱にもかかわらず、俺の記憶に強く刻まれてしまってます。