2014年6月11日水曜日

今週の一枚ARCH ENEMY「WAR ETERNAL」

身も蓋もなく直接的な言ってしまうと、
新加入のアリッサさん、うまい。

普段こういう音楽を聴いていない人にとっては
スクリームやグロウルに聴きやすいも何もないんやけれど、
アンジェラさんの機械的な冷たさと比べると感情的で、
血が通っていて、
叫んでいる中にもさまざまな表現があって、
圧倒的にうまいし聴きやすいというのが第一印象。

表現で際立っているのは#3と#4かな。

#3はソロあけの転調でのスクリームが抜群。
キーに合わせて出す声を変えるのはあたりまえと言えばあたりまえなんやけど、
これをきちんとやっているところがすごい。
聴いていてめちゃめちゃ気持ちいい。

#4はメロディックデス関連の表現としては革新的なんちゃうのと
個人的には思ってます。

だって、サビでスクリームのまま歌っているもの。

似た表現としては
ソイルワークのビョーンやチルドレン・オブ・ボドムのアレキシ、
コリィのような叫びと歌がハイブリッドになっている人が挙げられるけれど、
それらとは明らかに異質で、
激烈に叫んでいるのに歌でフックを演出していて、
しかもこのキーの叫びは女性にしかできなくて、
ずばぬけて格好いい。

アリッサさんの叫び方そのものが
スクリームとグロウルを喉で混ぜているような手法なのもあって、
似た表現は数あれど独自性が出ているのも好印象。
もちろん多重録音の効果もあるんやろうけれど、
それを差し引いてもすばらしい。

楽曲面で惹かれたのは後半、#8以降かな。

誤解を恐れながらもあえて言うならTO/DIE/FORのようだと個人的には感じまして。
ようするに一時期、すさまじい流行になったゴシックロックっぽいなと。
主にサビでの広げ方とかメロディの質などが。

で、これがいいんですよ。

メタルというより普遍的なロックに近く、
もともとゴシックロックが好きなのもあるし、
マイケル・アモットのギターメロディが好きなのも加わり、
そりゃ気に入るわなとなるわけで。

このバンドの色がまるまる消えてしまったわけではもちろんなく、
むしろらしさを残したまま、隠し味程度なのですが、
その隠し味が生きている#8#9#10が
個人的にこのアルバムのハイライトでした。
特に#10はイントロからサビにいたるまで
資料を読んでいても運転していても、
必ず耳にひっかかって意識を持っていかれるんよね。
いい曲だ。

今回のヴォーカル交代は、
結果としてはよかったんちゃうかなとこのアルバムを聴くかぎりでは思います。

ただ、
アリッサさんを加入させたのなら
クリーンヴォイスも使ってはもらえんやろか、と
願わずにはいられなかったりするのもまた本音。

アリッサさんの、
ちょいと可憐な高音域の声が好きなものでして。

2014年6月6日金曜日

創作物における被曝の表現について

とか、大仰なタイトルをつけましたが、
ようするに、すでに忘れられたであろう美味しんぼに端を発する問題に絡み、
ずっと気になっていたことをいくつか書いておこうかなと。

ただし、美味しんぼの表現の是非については一切ふれません。
だって読んでないんやもの。

被曝による鼻血という表現で最初に頭に浮かんだのは海外ドラマ、
パーソン・オブ・インタレストのシーズン2第二十話「死の宣告」でした。

この話は、
心臓外科の権威がポロニウムという放射性物質を
飲み物に混ぜられて暗殺されるというものなのですが、
最初の症状として鼻血が出るという描写をしていました。

確か作中ではポロニウムという単語だけが出ていたと記憶していますが、
正確にはポロニウム210でしょう。

ポロニウム210はイギリスに亡命した
旧ソ連国家保安委員会(KGB)、ロシア連邦保安庁(FSB)の元職員、
アレクサンドル・リトビネンコの暗殺に使われたものです。

ポロニウム210を盛られたリトビネンコの最初の症状が
鼻血だったかどうかは定かではなく、
パーソン・オブ・インタレストの描写も創作かどうかは
詳しく調べなくてはいけないので、
ここではひとまず置いておきます。

重要なのは、
上記の描写が仮に事実に基づいたものだとしても、
それはポロニウムのような極端に強力な放射能を持った物質によるもので、
福島の原発事故にはあたらないだろうなと。

では美味しんぼの鼻血表現はどういうことなのだろう、
いや、それ以前に福島の原子力発電所周辺に住んでいた人々は
どれくらいの内部被曝をしてしまったのだろうということを疑問に思いまして。

放射能による被害で深刻なのは内部被曝と言われています。
服についたら捨てて、体についたら洗い流せばいいのですが、
体内に放射性物質が入ってしまった場合は
常にその物質が放射能を出し続けるので危険度が一気に増すらしいです。

では内部被曝について調べてみようとグーグルさんにお願いしたところ、
首相官邸のウェブサイトにたどりつきまして。

内部被ばくの調査についてという項目を、
少し長いのですがそっくりそのまま書いてみます。

福島県の方々の体内セシウム量、言い換えれば「内部被ばくの程度」を
測定するため、ホールボディカウンターという特殊な装置(2)を使った調査が、
現在までに何度か行われています。その結果、いずれの調査報告でも、
住民の方々の体内セシウム量は検出できないか、
あるいは極めて低い濃度であることが明らかとなりました(3 , 4)。
特に、子どもたちへの健康影響が心配される中、
福島県三春町の小中学校生の在校生のうち95%(1,383人)の
体内セシウム量を測定したところ、
全員が検出限界(検出できる最下限の量)以下でした。
こうした調査結果から、放射性セシウムの内部被ばくによる健康影響、
発がんの増加は無いと考えられます。(※改行は筆者)

ホームページのアドレスも記載しておきます。
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g39.html

あんまり文章の揚げ足取りはしたくないのですが、
「全員が検出限界(検出できる最下限の量)以下でした」
これはあれへんやろ。
誰が読んだって、じゃあ最下限ってどのくらいなのって訊くに決まってるやん。

ワールドワイドウェブをさまよってみれど、
福島で設定されたこの最下限の値が判然としない。
300Bq/bodyという話もあれば250Bq/bodyという説もある。

そもそも放射性ヨウ素は半減期が八日と短いので
検査を始めたときには検出できなくてあたりまえだという話もあったり。

福島に住んでいる人を煽りたいわけではありません。
現在福島から離れていて、早く戻りたいと願っている人に
危ないから絶対に戻るな!などと言いたいわけでもありません。

問題は、
低線量の放射性物質による被曝がどのような結果を及ぼすのか、
実は誰も知らんねやんということです。

一定線量以下の放射性物質による内部被曝なら問題ないという意見がある一方、
わずかな量でも被曝は被曝で蓄積されていくから危険だという意見もあり、
国際的に議論が続いているとのことです。

当方の知人で、福島に住んでいた方がいます。
ものすごく魅力的な歌声を持ったすてきな方なのですが、それはいいとして、
その方と美味しんぼの表現についてだったり上記内容の話をしたときも、
結局前例がないからよくわからないことに言及されていました。

わからなければ不安になりますよね。

その方は事故以降にお子さんが誕生したので
大事をとって別の土地に移り住んでいます。

なんやろ。
科学は万能ではない。これは冷静に考えればわかります。
まだまだ理解しえないことがあることも重々承知です。

だからこそ、わからないことをわからないと認めることから
始めなあかんのちゃうのと俺は思うんです。

前例がない、わからない。
これを認めたうえで、では何ができるかを考えて尽力する以外にないのです。
事故は起こってしまったんやもん。
人間には時間を戻すことなんてでけんねんもん。

そのために何ができるかと問われると、
事故で被曝したであろう人々、
原発周辺だけでなく広域にわたって影響を受けたであろう人々に
定期的な健康診断を受けてもらうこと、
内部被曝にかんする専門的な検査ができる箇所を増やすこと、
そのための予算を計上すること、
ぐらいしか思いつかないのですが。

検査をして、
現時点では影響は出ていません大丈夫ですよと言ってもらうだけで
安心するんちゃうかなと。
福島県内だけでおこなうのではなく、他の土地に移られた方も対象にね。

そんなことを思った次第です。

本来、物書きは言いたいことや訴えたいことは
作中に封じこめるべきだと思っています。
だらだらと書き綴ったこの文章のようなことも作中に収めるべきでした。

しかし先日まで取りかかっていた長編に入れようとして、
あくまで娯楽を提供したいのに踏みこんだ表現やら主張は
いるやろかということも思ってしまいまして。

崩壊した世界の話を書いているのに、
急に現実的なことを持ちこんでも物語の流れを阻害してしまいますし。

結局、担当編集氏に送った原稿では、
原発関連の記述は最小限に留めました。
しかし、そうなるとどこかに書きたいという衝動が芽生えてしまいまして。
今回こうやって書き殴ってしまいました。

俺なんぞは、
力ずくでも楽しませようというのが書く原動力なので、
こういう文章はとても難しいですね。

もし不快に思われた方がいらっしゃいましたらお詫びいたします。

そして、
原発事故でかけがえのない日常を奪われてしまった皆様、
東日本大震災で被害に遭われたすべての方に、
改めて心よりお見舞い申しあげます。

ちなみに鼻血についてですが、
福島に住んでいた知人のご夫婦はお二人とも出たそうです。

その方いわく、鼻血は出る人もいた、とのこと。
もちろんこの情報を持って危機感を焚きつけたいわけではありません。

俺にできることは、事実をひとつずつ積み重ねていく。
それしかないんやろな。

ということを思いつつ筆を置きます。

明日からはまた、すっとぼけた文章を書きます。

2014年6月2日月曜日

久々更新

かなり久しぶりの更新。

とりあえず書きあげました。

結局一年かかってしまいました。
現在の形にプロットを変更してから考えても半年。
超大作でもないのにこんなに時間がかかるとは。

いつ終わるのか、本当に終わるのかと自らを疑う日々でしたが、
納得いくまで悲鳴をあげて、
これで読んでもらおうという形にようやく到達。

ただし、出版化の確約はいっさいなし。

あとは野となれ山となれ。

そういうわけでちょいと休息を入れてから、
もはや忘れられているかもしれない
もうひとつの企画にとっとと着手します。

2014年3月11日火曜日

三年。

とりあえず一言。

あれから三年がたち、
今朝の朝日新聞の朝刊に、
今も仮設住宅で生活をしている方が十万人いるという記事を眼にして、
被災された皆様が一刻も早く以前と同じ生活に戻れるよう願いつつ、
亡くなられた方のご冥福を、
被災地から遠く離れた兵庫県よりお祈りいたします。

それはそれとして
ちらちらと横目で23日投開票の大阪市長選挙を見ていると、
いや俺は兵庫県民なので投票権はないんやけれど、
なんというか、
ため息も出てこんわ。

2014年2月25日火曜日

今週の一枚 DIANE BIRCH「Speak A Little Louder」

ひとめぼれ。ならぬひとぎきぼれ。

リードトラックの#3がね、静かな曲なのですが、がつんと来まして。

この曲、十年以上前にイギリスで活動していた
boaというバンドの「Duvet」という曲に雰囲気がちょっとだけ似ていて、
その「Duvet」が俺は好きなのでがつんと来たということだったりもしまして、
そういう意味で入り方としてはちと邪道だったりもするのですが、
それはそれとして、淡々としたメロディものすっごい力で歌いあげていて、
いい曲なのですよこれが。

ちなみにboaというバンドはポール・ロジャースの娘と息子が組んだバンドであり、
日本ではアニメ「lain」の主題歌だった、と説明すれば
わかる人にはわかるのではないかと。

それでまあ#3を目当てにアルバムを購入したわけですが、
アルバム全体の印象としては色とりどりで、
ロックアプローチの曲からポップな楽曲、ピアノバラードまであり。
その中で興味深いのは濃厚に漂う80'sの香りかな。

#6などはムードたっぷりにした「Maniac」のように聞こえるし、
#7は「Eye Of The Tiger」みたいで今にもロッキーが走りだしそうやし、
#8にいたってはデズモンド・チャイルド?と言いたくなったり。

模倣というわけではなく
意図的に80'Sの雰囲気を持ちこみ、
さらにアレンジや各楽器の音もあの時代に近づけることで新鮮さを演出していて、
これはダイアン・バーチの声を生かすのに適していてうまいなあと。
その時代の音が好きというのもあって、
アルバムを購入した直後は上記三曲を何度も聴いてしまったほど。

でも、この人の真骨頂はピアノバラードなんよね。

#5とか#10とか#11とか、
デラックスエディションのみの収録なのかもしれないが#16とか。
何の飾りもない裸の楽曲を
優しいけれどつきつけられるような強さの声が自由に泳いで、
それは時につき刺さるけれど心地よくもあり。

すべての楽器や音が出るものの中で最も魅力的なのは人間の声だと
俺は常々思っているのですが、
その声を存分に堪能させてくれるアルバムです。
彼女の存在感、表現者としての卓越した能力が強烈に響きました。

ジャズからポップス、ロックまで、ジャンルに関係なく
聴き手を選ばずおすすめできる一枚です。

2014年2月2日日曜日

今週の一枚BIRDY「BIRDY」「FIRE WITHIN」

デビューアルバム「BIRDY」は彼女が十五歳のときの作品だそうで。

最新である2ndアルバム「FIRE WITHIN」の日本発売に合わせて流れていた
「Skinny Love」のPVを観て、ああこれは良いな、と二枚購入。

まず1st「BIRDY」について。

個性的な女性ヴォーカルは様々いるけれど、
バーディ、特に「BIRDY」アルバムにおさめられている歌について言うなら、
アデルのように貫禄があるとか完成されているというわけではなく、
フローレンス・アンド・ザ・マシーンのフローレンスさんのように
自身の内的世界とそれを表現する手段が確立されているわけでもなく、
エミリー・サンディのように技術的にずば抜けているわけでもない。

むしろ何者にもなれない曖昧さとか、
何者かになろうとするあがきとか、
そういった脆く、何の飾りもない等身大の姿が映しだされているように
俺には聞こえます。
これこそがバーディの歌の魅力なのではないかなと。

で、PVでやられた「Skinny Love」は
1stアルバム「BIRDY」に収録されています。
吹けば飛ぶような弱さと、逆風をにらんでいるような強さと、
包みこむような優しさが一曲の中に含まれていて、
何とも言えないすばらしさ。
ピアノのペダルの音とかリップノイズも録音されていて、
そういう意味でも等身大の雰囲気なのですよね。
現代音楽でこういう録音をするところが、うまいし、にくい。

このアルバムは一曲を除きカバー曲なので
楽曲のよさについては言及までもないのですが、
気に入った曲を列挙すると、
淡々とした歌が広がっていく「The District Sleeps Alone Tonight」とか、
装飾のなさが声を際立たせている「I'll Never Forget You」、
「Skinny Love」同様、じんわりと胸に染みてくる「Shelter」、
序盤のメジャー進行から中盤でマイナー進行に転じるにつれて
歌に憂いとか、悲観と楽観が入り交じり、
ひとつの形に結実していって、
この流れに耳も脳も体のどこかもしびれる「Terrible Love」など。

あと、1stで言うなら、
「Skinny Love」以上に惚れた「People Help The People」ははずせません。

この曲は、強烈。
完全に好み。
前述した、何者にもなれず何者かになろうとしている、という印象を、
俺はこの曲を聞いてさらに深めました。
そもそもオリジナルのCHERRY GHOSTがものすごく良いのだけれど、
この曲を選択するところが、なんというか、よくわかっている!

そいでもって2nd「FIRE WITHIN」。
こちらは1stで聞くことのできた曖昧さ、危うさから脱却し、
なるべき自分が見えるようになったかのような、
力強い歌を聞くことができます。
それもそのはず、この2ndはバーディことジャスミンさんが
作曲にがっつりかかわっているからね。

音楽的に言うと、
フローレンス・アンド・ザ・マシーンに近づいたかなというのが個人的な感想。
一曲目の「Wings」とか三曲目の「Light Me Up」などが顕著。
まんま同じというわけではないけれど、
ロックアプローチのやり方とか盛りあがりを構築する手法がね。
これはバーディの声に合っていて、ありではないかと。

もちろん作品そのものが1stと違うわけではなく、
成長著しい「Heart Of Gold」とか、
優しく美しい「All You Never Say」、
陰鬱さすら漂う「Strange Birds」、
1stアルバムが好きだったら大好物でしょ、の「No Angel」とか、
この曲はデラックスエディションにしか収録されてないのかな、
三分ちょっとの中にありったけの劇的な要素をつめこんだ「Home」などで
すばらしい歌を聞くことができます。

一方、アレンジという観点で1stになかったのが「Words As Weapons」。
カントリー、
いや英国出身だからアイリッシュトラッドとか
ケルト音楽として考えるべきか。
独特の音色のアコースティックギターがあり、
そこにねじれるように重なってくる歌が胸に刺さり、
厚い灰色の雲を思わせる曲調も、根が暗いと言われかねないが、
ものすごく好き。
途中のさりげないピアノなども含め、
このアルバムでいちばん好きかも。

興味深いのは七曲目の「Maybe」。

この曲は作中でとりわけ異彩を放ってます。
だって唐突にアメリカっぽい明るさの、ギター弾き語り曲なんやもの。
まるでシェリル・クロウやん、なんで?と違和感ばりばりになったのも事実。

でもよく考えればバーディことジャスミンさんはまだ17歳なわけで、
もしかしたら等身大のジャスミンさんの姿とは、
暗めの楽曲にこめられたはかない歌とか、
前作のような脆さを感じさせるところだけでなく、
こういう曲にもあるんちゃうのかなと思うに至り。

だって17歳の女の子やもの。
楽しく笑ったり馬鹿なことではしゃいだりするわな。
それをそのまま歌にしてもよいわな、と。
そういう気持ちで聞くと途端に魅力的になったりするから不思議。

今年に入ってから二枚ともヘヴィローテーション中。
女性ヴォーカルにめっぽう弱い方、
めっぽうじゃないけどそこそこ弱い方、
マイナースケールが大好きな方はぜひ。

2014年1月27日月曜日

今週の一枚 WITHIN TEMPTATION「HYDRA」

期待どおり!

と、一言で終わってしまいそうな一枚。

簡単にこのバンドの音について説明すると、
女性ヴォーカルを主軸にしたシンフォニックロック。
ちょい前まではゴシックロックと呼ばれた路線。

元々このバンドは聴き手が期待しているであろう
上記路線から大きく外れることのない作品を常に出していて、
今回も過去の例にもれず、らしい作品に仕上がっています。

といっても完全に過去の踏襲ではなく新しい要素も盛りこまれていて、
最たる要素がラッパー、イグジビットの参加。

ヒップホップにとんと疎いのでWikipediaで調べてみると、
アメリカデトロイト出身のラッパーで俳優、テレビ・パーソナリティーとのこと。

こればっかりはエヴァネッセンスも真似できんやろと言いたくなる
北欧の香りと湿り気を充満させたこのバンドに、
アメリカのラッパーが参加するってどうなん???と、
歌詞カードに掲載されていた
明らかにラッパーな風貌の顔写真を見て思ったのですが、
これが予想以上のすばらしさ!

いや、その前に注記。
上の文章でエヴァネッセンスを否定しているようもに読める文章ですが、
俺はヘヴィロックバンドとしての純度を高めて
アメリカらしい乾いた音に仕上げた3rdアルバムはものすごく大好きです。
念のため。

で、このイグジビットが参加した結果どうなったか、ですが、
誤解を恐れずに言うと、
まあ確実に語弊はあるんでしょうけれど、
個人的な印象としてはリンキンパークのよう。

しかもそれは、
暗さと躍動感を両輪に持ち、歌とラップの配合が絶妙な、
現在ではやらなくなった「メテオラ」アルバムのような雰囲気。

シャロンの声とイグジビットのラップの相性がね、いいんですよ。
よくぞ起用したと、その英断に喝采をあげたくなる完成度。
後半の盛りあがりはこの作品のハイライトです。

もうひとつの変化は、
俺がとてつもなく大好きなヴォーカリスト、
元キルスウィッチ・エンゲージのハワード・ジョーンズの参加。

こっちは予想の範疇におさまるもので、
どうせならもうちょいスクリームを入れて
シャロンの美しい声との対比を、とも思ったけれど、
一方でハワード・ジョーンズのクリーンな歌も大好きなので、
ああやっぱりええ声やなと酔いしれることしきり。

変化ではないが、
うまいところをピンポイントでついてきたなあという要素は、
元ナイトウィッシュ、ターヤとのデュエット。

しかもターヤが参加している#4のリフが、
これはちょいと穿った聴き方なのやもしれんけれど、
ナイトウィッシュの名曲「Dark Chest Of Wonders」を遅くしたようにも聞こえて、
それでいて楽曲はこのバンドらしいキャッチーなものだから、
もはや計画的犯行じゃろ、と。

でも、これこそ勝ちの方程式なんよね。
だって需要があるんやもの。
ターヤの声でこういう曲を聴きたいという欲求は、
ナイトウィッシュファンなら確実に持っているはずやもの。

ホントに、おいしいところをいい具合についてきたなあ。

ゲストが参加した曲を中心に書きましたが、
作品全体はどうかというと、
同じことをやり続けているからこそできる領域と言えるかな。

徹底して高品質。
安心して聴ける。
こういう土台があるからこそゲスト参加という変化が生きている。
そういうアルバムではないかと。

願わくばイグジビットが参加した#3、PVになれへんかな。
で、バンドとしてきちんと共演してくれへんかな。
ハワード・ジョーンズと別録りしたせいで
妙なPVになってしまった#2のようにはせずに。
ということを望むばかりなりです。

おすすめの一品。

最後に、
今回は二枚組デラックスエディッションを購入しましたが、
この作品にかぎらず、
単価をあげるためにむりやり二枚にするビジネスはそろそろ限界ちゃいます?

このバンドらしいアレンジをほどこしたカバー曲というのは、
たしかに聴く価値はあるし、
もはやオリジナルそっちのけやんと言わんばかりなのもおもろいが、
単価を大きくひきあげるだけの価値があるかというと、
はてさてどうなんかな、と。

やりすぎると聴き手から失望され、
ますます市場が縮小するのではないかという危惧をこめて、
追記しておきます。

2014年1月4日土曜日

あけましておめでとうございます。

遅れましたが新年あけましておめでとうございます。

新年早々から愚痴ですが、
D-LIFEで放送されていたアンダー・ザ・ドーム。
いきなり13話だけちがう時間に流すのはやめてほしかった。
ものの見事に見逃してしまい、しかも次から放送されるのは吹き替え版。

またいずれ再放送されるやろけど、それまでお預けでございます。
きつい。

それとは別に、ウォーキングデッドのシーズン4が
八話で中休みに入ったのでまとめて視聴。

中休みという概念に加え、
例によって例のごとくシーズン全体の構成を錬り、
多少だれてもいいから序盤は仕掛けをほどこすのに専念して、
中盤から一気に話を動かす(であろう)作り方は、
相変わらず規模のでかい企画なんやなということを痛感。

ただ、放送再開が春なのは、ちと長いです。
物語の大筋はいいとして細かいところは忘れるってば。

そして同じ春に放送開始を予定しているのは
パーソンオブインタレストの新シーズン。
やっと日本の初回放送に追いついたぜ。
今年の本命ドラマとして引き続き追いかけます。

で、元旦から腹を壊してぐったりしているときに流れており、
横になったまま何となく観ていたらおもしろくなってきたのがメンタリスト。

ミステリー部分は個人的には重要ではなく、
とてつもなく味のある脇役陣と
あふれる地方都市感が楽しく仕上がっています。

ただ、こっちは日本での放送だけでシーズン4に突入しているので、
追いつくには時間がかかりそう。

そんなこんなで今年もよろしくお願いいたします。

もちろん海外ドラマばっかり見ているわけではないですよ。
主題は執筆と出版活動なのでそちらに全力を投じてますです、はい。